執筆過程記

このページには多少のネタバレを含んでいます。
目を通される方は、本編か体験版を一度プレイする事をお勧めします。


 2007年の8月ごろ。難航しつつもある程度はまとまりを見せつつあった、松友健第2作予定
「無尽剣覚醒」。この時期、ついにそれが破棄される事となった。
 作者自らの判断である。
 理由は二つ。一つ、思ったより面白くならなかった。そして二つ、もっとずっと面白くなるヒント
を得たが、それを入れるなら下手にいじるよりも造りなおした方が早かったからだ。
 そして一年と半年。概ね自分の思い通りの物ができた。三年のうち、半分は(結果的
に)無駄にした事になる。最初から誤らなければ一年少々で次に繋げられただろうと思う
と誠に遺憾である。

「無尽剣覚醒」も、似非伝奇風味のバトルアクション物であった。
 主人公・安納耕治は、大学の夏季休校を利用して故郷の差也村へ帰省する。真面目で大
人しい両親と、やんちゃでわがままな気の強い妹・美香との半年ぶりの再開。日常が緩やか
に流れる……が、時折見知らぬ少女を村の中で目にする。見覚えの無い人物を不審に思う耕
治。そして夏祭りの翌朝、村はこの世の外にあった……。

 当初は「伝奇バイオレンス」な世界を意識しており、表紙も小城先生にもう一度お願いしよう
かなどと編集S氏が言ってたぐらいだった。

 ゲームとしては、耕治と美香が村の中をうろついて脱出口を作るという物で、この時
は妖刀「無尽」を手に入れた方がメイン主人公、もう片方がサブキャラクターとして扱われ、制
限時間内に脱出しなければならなかった。
 編集S氏と一緒にいろいろいじったが、結局、そんなに面白くならなかった。「夢幻の双
刃」と比べたら明らかに何段か劣る。
 理由は(今となっては)よくわかっている。話の筋書きが無いのだ。閉じ込められた、脱
出だ→脱出した→はい終了。こういう話だったのである。
 それを色々と肉付けしようとはしたが、所詮は外付けの物に過ぎなかった。

 魔人竜の時はパートナーによって脇の話や見えてくる設定を変え、同じ筋書きで違う話・別の
エンディングをやっており、ちゃんと遊んでくれた人はほぼその点に触れてくれたし、予想以上
に好評であった。
 今回も話の背骨になる物が見つかりさえすれば――そう思っていたある日、それは本当に
見つかった。

 以前「無事に刊行できたら路線変更の原因となった作品を書きます」とこのサイト
に記した。自分は極めて嘘つきであり、金の絡まない約束にはあまり真剣にならな
タイプの人間ではあるが、今回に限り正直に書こうと思う。

 ゲームでしか知らなかった「機動戦士ガンダムSEED」を甥っ子へのプレゼント
として買ってやったのが原因だ。「おっちゃんも一緒に見る!」と決められてしまったので、特に
逆らう気もなくDVDスペシャルエディション全巻を同席する事となったのだが……

……そして、一緒に買った高山氏の漫画版にも目を通し……

 その二つを比較し、自分の中で一つの考えが形を成した。

 無尽剣覚醒には、二人の主人公の間に差があって意見が無い。どちらかがメインでど
ちらかがサブに徹するが、目的が完全に一致しており、協力する以外のやりとりが無いのだ。
 薄いキャラが淡々と目的を果たすだけだという事に、ようやく気がついたのである。

 こうして作り直しが始まった。
 同じ目的、似ている境遇、異なる行動理念。交互に表舞台を歩く、二人の主人
公という形に変える。
 耕治から妹が消えて姉になり、妹がいた所には同じ歳の少年が従兄弟として入った。二人と
もが各々の武器を手にして。
 脱出劇はとりやめにし、周囲を取り巻く人物も一新する。こうして足がかりを作っている
最中から、既に手応えが違っていた。これはもう生まれ変わらせるしかない。

 しかし考えながら書くので、どうしても粗があちこちに生まれる。担当と一緒にそれを修正して
いくのは大変だったが、もう止まる気はなかった。

 元々は真面目な大学生だった耕治だが「夢幻の双刃」にシフトすると同時に高校生まで年齢
を落とした。生意気で手が離せない妹は消え、過保護で甘いお姉ちゃんが発生。
 つまり、保護者の一員から保護される側へ移った事になる。
 下向きなのか上を向いたのかが違うだけで、結局耕治はシスコンのままになったが、作
中の立場という意味では180度逆転したわけだ。
 しかし、ゲーム開始直後、戦闘能力を得て戦いに身を投じるのは耕治であり、姉の美由はあ
くまで非力である。矢面に立つのは「子供」の耕治なのだ。

 これらを踏まえた上でエンディングまで辿り着き、耕治が何をしていたのか、結末で何をして
いるのか見ていただければ、耕治の持つストーリーは理解していただけると思う。
 まぁエンディング次第じゃあそうもなっておらんのだが……マルチエンディングという
形式である以上、死亡で無いバッドエンドという物も存在し得るという事で。

 そしてもう一人、徹也については。

 キツイな。ネタバレしないと書ける事が極端に少ない。なにせ一番肝心な点がその
まんま展開に触れてしまうのだ……。

 書いている途中で「コイツ、前作にも似たような奴がいたな」と自分でも思ったが、似
せようという意図は全く無かった。自分にとって書きやすいキャラクタータイプはこうなのか。こ
れが徹也や正志みたいな「頭悪めだけど必死な野郎」ではなく「三次元で生きるのが
しんどい人を嬉しくさせる女の子」だったら自分にも少しは違う人生があったかもしれん
な。
 まぁ後悔は別にしておらんが。

 それに生意気な小僧なのもちゃんと意味はある。徹也の道程と辿りつきうる結末のために
は、こういう性格が相応しい筈だ。
 徹也もまた、保護される「子供」で始まる事に、耕治とは違う意味があるのだ。

 主人公二人を決めると、ヒロインその1とその2はあっさりと決まった。
 その1である美由は、耕治とゲームの都合だけで作られたキャラクターである。
馴れ初め場面と関係を深めるエピソードの構築をはしょるために実姉という事に
したようなもんだ。生まれた時から一緒にいるのだから出会いのシーンは不要、ずっと親代
わりを努めてもらったんだから耕治が美由への愛情を持っているのも当然。愛情とは恋愛感
情だけに限らないという割り切りが鍵となった。
 こうしてゲーム開始時から、主人公がヒロインのために命かけられる理由を作っておいた。
後はヒロインを窮地に追い込めば、主人公がデッドヒートなバトルに飛び込む展開へ問題なく
持っていける。
 耕治というキャラクターを「俺がこいつならこいつと同じ事をする」と思えるキャラクター
にするために生まれた存在が美由だと言ってもいい。
 要するに「恋人が捕まったから60階の塔に突撃します」というのと同じだな。「そこまでするほ
どの相手なんだよ!」という設定を実感できるようにしたかっただけで。
 まぁ一緒に暮らしてる設定だから日常パートに絡ませないと不自然になっちまったが。逆手に
とってそこらへんにフラグ入れておいた。ある程度立てとかないとエンディングが限定されちま
うので注意。逆に立てすぎると他のフラグ立てる機会をつぶしてしまい、やはりエンディングが
限定されるので注意。
「シスコンの主人公なんて汚くて醜い者見たくない」という人もいるかもしれないので、
姉ちゃんと恥ずい会話しなくてもエンディングが限られるだけでクリア自体はできるようにしとい
たぞ。まぁどうせ1プレイ1エンドだと考えれば無理に女と仲良くする理由も無い。生と死を分
かつデッドラインだけが男達の生きる道だ!という人もいるだろうからな。

 あとこれだけは書いておかねばならんだろう。
 買った人は知ってるだろうが、美由にはちょっとしたシャワーシーンがある。ナニが
見えるわけでもない、他愛の無い物ではあるが。
 これは今回、途中でどうしても入れてみたくなって挿入した物だ。

 はるか以前、魔人竜生誕が発売した直後あたり。編集の酒井さんが「没になった作品の
中に、女性の入浴シーンにイラストを入れるよう指定していた人がいた。完成前
から絵に頼る事が前提の姿勢は感心できない(要約)」と仰っていた。
 それを読んだ自分が考えたこと。
「お色気そのものを否定しているわけでもなければ、完成が見えた後なら指定
しても問題無いという事だな?」
 よって耕治が姉ちゃんの風呂をちょっと覗きかける場面を作る事にした。
 実際に来たイラストを見て、もっと戸を右側にずらした方がいいと思わなくもなかったが、ここ
に絵がある時点で目的は達成できているので「まぁいいや」で流した。
 なお、ただ半脱ぎさせるだけのシーンをわざわざ書いて入れるのは流石に無駄な労力としか
思えないので、一応、表現上の意味は入れておいた。美由と耕治の態度の違いが、相
手への感情を表していると思っていい。

 他のNPCはまぁ順当に決まった。要る人間しか出していないし。
 一部で「胡散臭すぎる」というご意見を拝見させていただいた(ありがとうございます)
村釜だが、実はコイツが味方サイドで一番いい奴だ。かつまともな人間でもある。最後に
原稿を読み直した時に自分で驚いた。
 しかし脇役が普通に人間ができていると、正直あまり印象が強くないと思う。この作品
を遊んでくれた人達も、次の日には彼の存在を忘れているだろう。
 しかし本文をよく見ていただければ、要所要所でちゃんと仕事をしている事はわかる筈だ。設
定上では有能で美形で人間できてるんだよ、この人。自分が作者でなければ、さぞや
華々しい活躍が約束されていただろうに。シスコンどもの踏み台にしちまってスマン。

 一応ヒロイン候補の一人、明日香。しかし彼女だけどうにも脇っぽいと思われた方もい
るかもしれない。そう思われても否定はしない。というか結構鋭いじゃないですか貴方。
 この明日香、当初の予定では後半に差し掛かった辺りで死んでいた可能性が高かっ
た。元気で直情な女の子がブチ殺されたりしてたら悪役に対する怒りを掻き立てるのに丁度い
いかもしれんと思いながら生み出したのが彼女である。
 しかしまぁ中盤まで作った辺りで、編集の酒井氏が明日香の事を「いいキャラクターです
ね」と誉めてくれたので、それならまぁ無理な死亡イベントで話を進めるのはやめよう
かと思い、現在の形に落ち着いたのである。
 作者的には好感の持てるキャラクターになったんじゃないかと思っている。特に前半のあるエ
リアで耕治の肉盾として使えたり敵へのトラップになったりする
りが。生神力の消費ペースが鍵となる本作において、明日香の使い方は攻略のポイントになる
事を理解してほしい。
 あと酒井氏は「ツンデレキャラですね」と仰られたので「否。明日香は最初から好意
全開である」と説明しておいた。その好意が「あたしが先輩だから後輩をビシビシ指
導して面倒みてやる!」という体育会系な物ではあるが。好意といっても恋愛感情に
限らんでよかろう? 初対面ならそういうのはゼロからスタートだよ。主人公が突っ立ってり
ゃ女がガンガン飛びついてくる話はやりたくなかったのさ。結局そういう方面は実にあっさりし
た物になっちまったけど、まぁメインストリームが別の場所にある作品だから仕方ないって事
で。


今回はここまで。じきに続きを書きます。

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