序文

 二一世紀の始め頃、日本のとある地方。
 田舎というには大きくて、都会と言い切るにはやや小さい町。
 夏の終わりではあるが、秋になったというには微妙な季節。
 時刻は夕方に差しかかり始め、夜というにはまだちょっと早い時間帯。
 町の端っこというわけではないけれど中心からはやや離れた道を、二人の少年が歩いてい
た。
 学生服を着て手には鞄。襟の校章を見れば二人が近くの公立高校の生徒である事がわかるし、バッジの色から二人がそこの三年生である事もわかる。
 一人は良く言えば真面目で大人しそうな、悪く言えば少々野暮ったい顔だちである。髪型はややレイヤーがかっているショート――ごくありふれた物だ。容姿に関して言えば、整ってはいるが男前と言える程ではなく、人ごみの中に入ればすぐに溶け込んでしまうぐらいの物だった。
 もう一人はややきつめの目つきに小生意気そうな面構え。クセの強い髪を適当に短くしてあるだけの頭で、鞄を肩からかけたまま両手をズボンのポケットに突っ込んで歩いている。
 二人が同じ道を並んで歩いているのは、二人の家が同じ長屋にあるからだ。二人は幼馴染であり、クラスメイトであり、そしてまた従兄弟でもあった。
 大人しそうな少年はその名を安納耕治(あのう こうじ)。もう一人は秋月徹也(あきづき てつや)という。
 
「おう、耕治。お前、就職はもう決まったか?」
 徹也が前を向いたまま面白くも無さそうに尋ねた。うーん、と耕治は小さく唸る。
「大体はね。けど、今日も一社、下見に行こうかどうか考えてる」
 ふうん、と呟く徹也。少ししてから思い出したように付け足す。
「姉ちゃんと一緒の所に勤めようとか思わねぇの? それとももう行ってみたか?」
 耕治は首を横にふった。大きな動作ではないが、はっきりと。
「『イルーダ』に行くつもりはないんだ。飲食店は考えてるけど、あそこはやめとくよ。それより徹
也、爺ちゃんの店はどうする気?」
「爺ちゃん一人で充分やっていけてるからな……。お前と違って俺は他人に愛想良くすんの苦
手だしよ。どこか他所に出て食い扶持貰ってくるわ。ま、爺ちゃんもまだまだ元気だし、今考え
る事でもねぇよ」
 空を見上げながら徹也が答える。
 二人の間で『姉ちゃん』と言えば、耕治の姉・美由(みゆ)しかいない。『爺ちゃん』と言え
ば、徹也の祖父・源三(げんぞう)の事である。
 耕治の両親はもう一年以上顔を見せていない。一応多少の生活費は入れてくれるものの、
どちらも家によりつこうとしなかった。両親の間にもう七年近く前から一欠けらの愛情も無い事
を、耕治も姉も知っていた。姉と自分をどちらも引取りたがっていない事も、耕治が一人立ちで
きるようになればすぐに離婚するだろう事も。そんな耕治にとって、四つ年上の姉だけが一緒
に暮らす家族なのだ。
 徹也には物心ついた頃から親兄弟はいなかった。自分を引取ってくれた母方の祖父と、ずっ
と一緒に暮らしてきたのである。
 血と住む場所、それに境遇まで近いとあっては、耕治と徹也がいつも一緒にいるようになっ
たのも当然の事だろう。そんな二人は高校卒業を前にし、就職先を探している最中だった。進
学するような余裕は、二人の家には無い。それに二人とも大学へ行きたいわけでもなく、たっ
た一人の家族にさっさと楽をさせてやりたいと思っていた。

 道の両脇にならぶ家に、小さな家屋や古く痛んだアパートが増えてくる。低所得者層が住む
この町内の片隅に二人の家があるのだ。
「今日もどこか見に行くなら適当に声かけてくれよ。駅まで一緒に行こうぜ。四時半までなら家
にいると思うからよ。今日はやめとくなら、ま、別に顔見せなくていいわ」
「そうだね……。じゃあ」
 徹也に手を振り、耕治は古い長屋の玄関へと向かう。
 この時はまだ二人とも、目前に異変が迫っている事を知らなかった。
 知る術も無かった。

(そして物語は始まる……1へ進め

トップへ
トップへ
戻る
戻る



inserted by FC2 system